2013年4月21日日曜日
革財布
めずらしく「経験」をしました。
友人のために革財布を作りました。革を買い、手で縫いました。
考えてみると、学生の時から、何か物をつくるということをあまりやってこなかったので、完成したときには、達成感があり、何とも言えない気持ちになりました。
でも、この何とも言えない気持ちってなんでしょう。
言葉にできない。共感してもらえない。
あれっ、「経験」は人に共感してもらいやすく、伝えやすいはずなんだけどな。
体験した人にしか分からない気持ちだからでしょうか、言葉がないから共感できないのでしょうか。
言葉は有限で想いは無限なのでしょうか。
いや、この気持ちを知られたくない人たちが、広まるのが嫌で、言葉を作らなかったのでしょうね。
2013年4月14日日曜日
メタ麻雀
カチッ
カチッ
カチッ
「ポン」
これで対面は2副露、聴牌気配濃厚。やばいこのオーラスで絶対に逆転しないと。
カチッ
負けたらどうなる。家賃を払えない。追い出される?友人への返済は?
カチッ
いや、家族は?妹の所へは行かないだろうか。
絶対に勝たないと。でもまだ聴牌すらしない。どうする、どうすればいいんだ・・・。
カチッ
カチッ
「ロン」
やばい、和られた。だめだ終わってしまう。えーい、これしかない。
「ロン、頭跳ねです。あと、大三元」
「はぁ、何言うてんねん。どこが大三元やねん。聴牌すらしてへんやないか。チョンボやぞ」
「いや、大三元と言えば大三元です。これを読んでいる人には手牌は見えてない、僕はずっと同情してもらえるようなことを言ってきました。だから、大三元と言えばそうなるはず。ねぇ、そうですよね、これを読んでる皆さん」
2013年4月7日日曜日
音楽と想像
音楽はやっぱり、感覚的なもので良いと思っても説明がしにくいのが原因なのかなと思う。
感覚的なものなんで、人それぞれ良いものが違う。
例えば、文章や、会話などは面白さに説明がつきやすいと思う。理詰めで構成の力である程度面白さを生めるからだと思う。
だから説明しやすい。ミステリの叙述トリックものとかが構成力の面白の代表じゃないかな。
音楽は構成を組み立てて作ったとしても、その構成自体が一般的の人にはわからない。でも、このあたりの考えは人それぞれ意見があるかな。
こういうことが言いたいのではなくて、音楽って、前から私が言っている「想像」に似てるなと思いました。
想像は人それぞれ違うから、理解されにくい、共感してくれる人は面白がってくれる。感覚的なもの。
そして、想像特化の私が音楽を聴かない。
それが面白いなと思いました。これからは私に近い音楽も聞いていかないとね。
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